「できないものはない」すべての経験を引き出しに、街の風景と未来をつくる

「建物の全体像に関わりたい」と北洲へ。葛藤から始まったキャリアの土台
就職活動では、大手ゼネコンのように巨大プロジェクトの「一部分」しか見えない働き方よりも、地域に根差し、建物の全体像を最初から最後まで把握しながら主体的に関わりたいと思い、北洲に入社しました。
しかし入社後は、技術開発を担う「北洲総合研究所」への異動を命じられます。「一刻も早く現場に出たい」と熱望していた私にとって、毎日デスクでひたすら図面と向き合う日々は、正直言って葛藤の連続でした。それでも、当時の北洲デザインを牽引していた牧子芳正氏(現・名誉顧問)の仕事を間近で見られたことは大きな財産でした。「図面にどれほど緻密なディテール(詳細設計)を書き込むべきか」。その重要性を徹底的に教え込まれたからこそ、その後の多様な現場を支える強固な土台を築くことができました。

あらゆる工程を経験したから手に入った「解決の引き出し」
その後、仙台支店へ配属になり、約10年にわたって本当に幅広い業務を経験しました 。現場監督、役所への確認申請、アフターメンテナンス、そしてコスト計算を行う「積算(せきさん)」まで 。住宅建築のほぼすべての工程を実体験したことで、私のなかに技術者としての多くの「引き出し」が増えていきました 。どんなに難しい案件に直面しても、じっくり考えを巡らせれば必ず解決の糸口が見えるという確信は、この泥臭い10年間で培われたものです 。
仙台支店時代の後半からは、クリニックや高齢者施設といった「大型建築(特殊建築物)」にも携わるようになりました。住宅は施主様個人のための空間ですが、公共性を帯びた大型建築は、施主様のご意向だけでなく、集う方々の満足度も考える必要があります。地域の中で象徴的な建物として多くの人に見ていただく機会が増えるため、「自分が携わった建物を、より多くの人に見てほしい」という技術者としての新たなギアが入り、やりがいはさらに大きくなっていきました。

前例のない挑戦。住宅で培った「木造技術」で地域の財産を未来へ繋ぐ
2017年、高性能な木造住宅の技術を中・大規模施設へと展開するため「特建営業部」が発足し、私は初期メンバーとして参画しました。最初に任された大きな挑戦が、家族葬向け斎場「みおくり邸宅」のプロジェクトです。もともとコンビニだった建物を木造技術でリノベーションするという、前例のない試みでしたが、オーナー様からのご要望に対し、チーム一丸となって心を砕きました。
大きな転機は4棟目の施工中、近隣の方が「ここは高級料亭ですか?」と尋ねてこられたことでした。その瞬間、スタッフ全員で「やった!」と確信しました。洗練された外観が、街の風景に上質な佇まいとして溶け込んでいる。私たちの挑戦が、地域にとっても正解だったと証明された瞬間でした。
この実績が信頼を生み、2020年には福島県の老舗旅館「土湯別邸 里の湯」の再生、2021年には明治40年創業の老舗料亭「東洋館」のリノベーションへと結びつきました。東洋館のプロジェクトでは、コロナ禍で閉店の危機にあった地域の歴史ある場所を守り、再び活気を取り戻す一助となることができました。地域の文化的資産を私たちの手で未来へと引き継ぎ、地元に貢献していく。この仕事を成し遂げられたことは、私の大きな誇りです。

「まずはやってみよう」北洲のDNAを、次世代のあなたへ
建築は形のないものを形にしていく作業です。お客様のこだわりと技術的な折り合いをどうつけるかという難しさが常に付きまといますが、私自身、これまで多種多様な現場や業務を経験してきました。だからこそ、どんなに難しいと思う案件でも、じっくり考えを巡らせれば必ず良い方法が見えてくるという自信があります。
私は、お客様のご要望に対して最初から「できない」と言ったことはありません。そう確信できる背景には、そうして増やしてきた自分の「引き出し」はもちろん、北洲の文化といえる「まずはやってみよう」という挑戦する精神、そして「君ならできるからやってみなさい」と背中を押してくれる北洲のDNAが大きく作用しています。
北洲は住宅の枠を超えて、店舗やクリニック、歴史的建造物の再生など、さまざまな建築ができる会社です。これからの北洲を担う若い世代の仲間とともに、この大型木造建築の取り組みをさらに多くのエリアへと拡大していきたいですね。