「拮抗」が導く普遍の美。書家・沢村澄子さんが語る、自己と他者が響き合う「書」と「空間」
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CULTURE via LIFE 特別対談は、世界的にご活躍する書家・沢村澄子さんを盛岡市内にある杜の住宅公園みらいえ(北洲の住宅展示場)とHOKUSHU THE HOUSE SHOP MORIOKAの会場2箇所へお迎えして実施しました。現在、岩手を拠点に活動している沢村さんは、時に、筆や紙という既存の枠組みすら超え、全身を使って圧倒的なエネルギーを作品へと刻み込みます。沢村さんが伝える CULTURE via LIFE は、感覚に訴えかけるパワーに満ちています。
人

沢村澄子(さわむらすみこ)さん
書家
1962年大阪府生まれ。岩手県盛岡市在住。既成概念にとらわれない独自の表現で、文字や言葉、身体の動き、空間との関係を通し、書の新しい可能性を探る活動を続けている。新潟大学教育学部特設書道科を卒業後、国内外で個展、ワークショップ、パフォーマンスなどを多数実施。
【受賞歴】
・2019年「第29回 宮沢賢治賞奨励賞」
・2023年「第73回(令和4年度)芸術選奨美術部門文部科学大臣賞」
・2024年「第14回 手島右卿賞」

村上ひろみ
北洲株式会社 代表取締役社長
場所

杜の住宅公園みらいえ 北洲ハウジング モデルハウス
岩手県盛岡市本宮5-16-35
ーCULTURE via LIFE 特別対談に至る、沢村さんと北洲とのつながりは、10年前に弊社店舗で個展を開催させていただいた事からはじまります。お二人は、今や、気心の知れた仲と伺っております。今日まで、どのように親交を深めてきたのかをお聞かせいただけますか。
北洲代表 村上(以下 村上):沢村さん、本日はどうもありがとうございます。ちょっと照れますね。
沢村澄子さん(以下 沢村):そうですね。でも、お会いできるだけで嬉しい。こちらこそ、ありがとうございます。
村上:それこそ、我が社の岩手県北上市にある住宅館で、今からもう10年以上も前ですね。沢村さんの作品を展覧させていただいた際に、お会いして。長いご縁であります。
沢村:はい。この間は前橋市の文学館にもいらしてくださってね。私が床に這いつくばって、ペンキまみれになって書いているところを。
村上:観客の皆さんも私もビニール袋を被りながらでした。
沢村:そう、そう、イルカショーのようにね。墨もペンキもそんなに飛ぶはずないだろう、大袈裟だって思われるんですけど、私が書きだすとみなさんもビニール被ってガードして。
村上:いや、感激しました。
沢村:びっくりしたでしょう?絶対、見ないと分かりませんよね。非日常、想像しがたいことですから。「書」と言えば、テーブルの上でお習字を思い浮かべるかもしれませんが、そういうイメージとはちょっとかけ離れたところで生きているかもしれません。


ー沢村さんが「書」をはじめるきっかけやこれまでの作品づくりについてお聞かせください。
沢村:きっかけは、高校で書道を選択したことです。でも、書道を選択したかったわけではなくて、本当は音楽をやりたかったんですが、楽器を買わなきゃいけないことに親がダメって言って、1番安かったのが書道だったの。
その時の先生が一生懸命でしてね、書道教育に。それで、「君らの中には、筆に託した思いとか、紙にぶつけたい思いは無いんか。」って、先生が怒鳴って。その瞬間に、胸に100Wの電球が灯ってしまった私は、今日までそれが消えなかったから、40年間ずっと書き続けてきたんだと思うんです。
その私が、何を書いているかは、今もよく分からないところがあるの。昔は、苦行のように三日三晩寝ないで書くとか。もう食べることも寝ることも、服装なんてもちろん忘れて。とにかく書くことに没入していたと思います。そこまで私を追いやっていたもの、そうやって書こうとするものが何なのか、ということが分かるまでに時間は掛かりましたね。38歳の時に、病気で命が危ない経験をしたとき、自分がそれまで自己救済のために書こうとしていたんだと気づきました。心配せんでも、いつか死ぬと思ったら気が楽になって。ところが、筆を折っても良かったその時に、岩手県の芸術選奨が降ってくるんですよ。もう書く理由がなくなったからやめてもいいかなと思ったタイミングで賞をいただいて。
「他者救済」と「自己救済」
沢村:ゴッホやムンクも、自己救済で描いていたところがあるような気がするんです。私は10代の頃、彼らの作品にずいぶん惹かれました。自分が抱えている苦しみと共鳴していたのでしょう。
ところが、最近はゴッホの作品を見て、しんどいと思う日がある一方、昔ピンと来なかったルノワールの絵にすごく惹かれます。ルノワールは人を癒すために描いていると言ったそうですが、その通り、今の私は彼の絵に癒されています。
あの東日本大震災で、「もし1点でもしかるべきものが残せれば、不特定多数を救えるかもしれない」と思い、教えるなどの仕事を断ち、制作に専念しました。今でも、自作で人を救いたいなどというのは、とてつもない傲慢だと思う日もあるのですが。

「書く」と「祈り」
沢村:バリ島へ行った時、現地の方が朝晩、笹舟のようなものに花を入れて海に流すんですよ。あれを見て、自分と似ているかもと思う時があって。これを言葉にすると非常に恥ずかしいというか、やっぱり照れるんですけど、作品を書くことのどこかに祈りのようなものはある。
村上:祈りというのは何に対してですか?
沢村:そう、そこなんですよ。誰に対して?何に対して?それがよくわからない。ただ、すごくアンチプライベートっていうか、私の仕事、祈りに的がないのは、はっきりしています。例えば、世界平和といったような言葉にも収まらないような、もっと漠然としたものですね。

「戦争」と「花」
沢村:ウクライナの戦争が勃発して、私はあまりに辛くて。その時、“Flower and War”という展覧会を開いたんです。2階のギャラリーに上がる階段の踊り場から、吹き抜けの壁を一面戦争報道の新聞紙で覆って、その上に戦闘機やドローンの名前、戦争記事の見出しを書き連ねました。で、2階の会場内には「花」っていう字をガンガン大きく書いて飾りました。戦争と対極にある希望とか、人間の幸せのようなものを象徴するのが、私にとっては「花」で。その時、私は詩を作っていたんですよ。
昔は、詩が自ずと出てこないから、人の詩や俳句を借用して書いていたんですけど、東日本大震災後は、ポロポロ出てくる、言葉。それを書くようになって。私が、なぜ書き続けるのか?
「人々の争いが絶えないから」かも。それが無くなるまで書く。

村上:私は、沢村さんと立場が違うじゃないですか、会社を経営していますし。沢村さんと長年お会いするのが楽しくいられるのは、なんだろう、闘っているというか。自分自身で立とうとしているというか。お互いにシンパシーを感じるというか。
沢村:職種は違えど、闘いですよね。それは、相手を倒すための闘いじゃなくて、協働のための闘い。ともにレベルを上げていこうっていう。私は60歳を過ぎて、賞を立て続けにいただきましたが、そのような賞があることも知らない。ただ字を書いていればよかった。それは、業みたいなもので、自己表現したいとも思っていなかった。みんながやっていることをやらないから変人だと言われて。いや、その変なことをやろうとか、奇を衒っていたわけじゃなくて。自分に忠実で、他の人と一緒になれなかったんですよ。さらに、評価を求めずにやっていたから、賞をいただくたびに困惑しました。周囲に波長を合わせれば楽なんでしょうけど、自分が目指すものをやり続けようと思ったら闘いなんです。
「衣・食・住」
沢村:寝ない、食べるものは何でもいい。とにかく書こうと思っていた私に。ある時、「You are what you eat.」と言ってきた友人がいたんですよ。君は、君の食べたものでできているよ。これまで、時間を惜しんで、衣食住の全てを放り投げるようにして、ただ書いてきた。その暮らしを何十年も続けてきて。ところが、体がだんだん衰えてくると、自分を作っているものが、食だということを非常に認識し始めて。今は、庭の一角に畑を作り、今年の夏は自給自足を目指しています。パンも焼きます。自分を作る食に、ちょっと自分が真剣になり始めた時、変わりましたね。
服で自分を表現する気がないから、衣装もいらない。服なんて気にしない。墨がついても分からないジャージとTシャツを着ていればいいと思っていた人間が、世の中の皆さんとお仕事をさせていただくようになった時、衣服はコミュニケーションツールだと気づきました。私の本質に合っているかどうか分からないけれど。それは、私を守ってくれるものでもある。
そして、今日の打ち合わせでここに座らせていただいて、あのお庭を見た時に、ハッと気づいたんです。気がついてみたら、家って自分を守る大きなもの。そういう捉え方は、今までしたことがなかった。家が、どれだけ私を守っているか、雨風を凌いでくれても、自分を癒してくれているという捉え方はなかったですね。そこまでのエネルギーを、私は、私の家に与えていなかった。ここに座ってお庭を見た時、人生ですごく長い時間を過ごす家に、どれだけの価値や意味があったのかに初めて気づきました。居住空間が、自分のエネルギーになって、自分を作っている。自分を作る家。それを作るのもまた自分。なんですよね。


「黒」と「白」
沢村:若い時はね、世の中に納得できないことが山とあるわけですよ。世の中に対して不平不満とか、変えたいと思う気持ちがごまんとある。そんな時に、半紙を1枚与えられて、線を引くじゃないですか。どこで曲がるか、もう1cm引くのか、手前で曲がるのか、自分がどうするかによって周りの白が変わる。「書」って白黒しかない世界でしょう。黒が自分自身「自己」だとすれば、それ以外は全部「他者」という白なんです。だから、その白に美しくあって欲しいと願うなら、その美しい白を作る黒、自分でなければならない。黒の動きで白は変わります。自分がどうあるか、それしかないってことです。
「若い時の自分」
沢村:今は、こういうことをやりたいとか好き勝手に喋っていますけど、在学中には一切、先生に何も言えなかったので、1回追い詰められて、先生にお前は何をしたいんだって言われても返す言葉がなくて。涙がボロボロこぼれて、「紙の上に技術だけが乗っかった作品だけは書きたくない」って教室を飛び出したことがあります。これだけはイヤ、とは言えたけれど、何がしたいかはよくわからず、言葉にできなかった。その後、それがわかってくるにつれて、私がやりたいことのために必要なことを、私が実行すればいいとなっていくわけです。定石もへったくれもない。書道界や世の中のルールではない、私の大事を少しずつみいだしてきました。


ー沢村さんが書に用いる「紙」や「墨」の魅力についてお聞かせください。
沢村:難しい質問ですね。というのは、私は苦学生で、親に反対されながら学校に行った。親が、教育とかそういうことに熱心じゃなかったこともあって、お金を紙墨に使えなかったんですね。だから、本質的なところをがっつりやっていれば、紙墨はなんでもいいんじゃないか。むしろ、そこに依存するのをやめようと。実際、素材ってパワーがあるから、その力を恐れていましたね。今思うことは、どんなものであっても全ては朽ちるんですよ。しかし、その朽ちる中にも、私たちが何をしてきたかは記録されているってことです。だから、その朽ちていくものと一緒にいる私を考えた時、すぐ消えてしまうもの、ポロっと壊れるものは、関係性が作りづらいかもしれない。使い捨てのようなものだと、そこでの関係性は育たない。だから、永く共にいられるものは、やはり大事だと思います。永く一緒にいないと出てこない答えがありますね。和紙や墨といったものは、洋服やインクに比べ、寿命が長い。そこは魅力です。

「拮抗が大きくなるほど、普遍に近づく」
沢村:制作をしていると、ポコポコと答えが降ってくることがあるのね。その時も、お寺の襖へ、寝ずに書いているわけですよ。そこは日蓮宗で、和尚さんに日連大聖人の教えで何が1番大事かを聞いたら、「折伏逆化(しゃくぶくぎゃっけ)」を教えていただいて。それでね、書いている時に、ポコって来たんですよ。「相反するもの、その拮抗が大きくなるほど、普遍に近づく」という答えが降ってきた。
自己と他者もそうです。さっきの白黒の問題もそうです。「協調」と「馴れ合い」って違うじゃないですか。当たり障りのない関係性を世の中は取りがちに思いますが、それは拮抗が弱いわけですよ。今、作品集を作ったり、展覧会をやったり、今日もそうです。いろんな方々の中で仕事をする時に、違うんじゃないか、もっとこうしたいって、意見が合わないことはありますよね。その時、やっぱり、闘う。相手を倒すために闘うんじゃないですよ。より良くしていくための闘いをするんです。気力も体力もしんどかったり、あるいはジェネレーションギャップだとか、いろんな価値観が違ったり、でも、その中で、どこまで引っ張り合って、拮抗していくか。それが強くなるほど、結果、普遍に近づくと思います。大げさな言い方ですけど、インスタントな関係、楽な仕事では、いいエネルギーが生じない。

ー沢村さんにとって豊かな時間・豊かな暮らしとは何でしょう?
沢村:何もしなくていい時間が取れるといいかな。この前、夫が突然、梅30kgをもらってきたんですよ。梅は2〜3日で黄色く傷んでいくから、大慌て。梅仕事も苦行のようになってしまったんです。でも、ひたすらその作業をしている時は無心になれて面白く、もう少し時間が取れればもっと楽しめたのに…と。もうちょっと仕事のことを考えない時間や、リラックスして好きなことができる時間があれば、ありがたい。そうなれば、生きているっていうリアリティにおいて、もっと豊かになれるかも。
村上:沢村さんの「黒が自分で、白が他者」。筆の動きに、自分と他者との関係をつくるということをお聞きして、すごく共感しました。私の家に沢村さんの「書」もあるんですけど、その一瞬や緊張感。私、緊張感って大好きなんですよ。
場所

HOKUSHU THE HOUSE SHOP MORIOKA
岩手県盛岡市向中野7丁目15-40
場所を移し、後半の対談がスタート。
ここに飾られているのは、圧倒的な存在感を放つ大きな2枚の屏風です。

村上:この大きな屏風2枚には、何が書かれているんですか?
沢村:これはね。あちらが「阿」、こちらが「吽」、「阿吽(あうん)」です。宇宙のような端がない大きさを書きたい時、「阿吽」という言葉をよく書きます。村上さん、これご覧になって、私が何を使って書いたか分かりますか?
村上:タオルですか?
沢村:近いですね。バスタオルを5枚ぐらい縛ったものです。墨をつけて持ち上げると重さ20kgぐらいです。もう点を置くだけで、息が上がります。
それじゃ、次の質問です。この作品ができるのにどれぐらいの時間がかかると思いますか?
村上:15分くらいでしょうか。
沢村:問題はですね、書くのは10分〜15分だとしても、乾くのに1週間ぐらいかかるということです。私がする仕事は、1回「阿吽」と書くだけなんですけど、どうしてこういう形になるか分かります?
村上:なにか海の底を見ているような深さを感じて、すごく神秘的ですね。どうしてでしょう?

沢村:これはね、鳥の子っていう紙で、水気を吸わない紙なんですよ。墨が大量に乗っても、染みていかないんです。書くと水分で紙が波打って、墨は低いところへ流れます。で、水溜まりならぬ墨溜まりができます。それが、ちょっとずつ、ちょっとずつ、乾いていく時に層ができるんですね。
それで、私の仕事は一体どこまででしょう?ということを問うてみたいんです。私が寝た後でも、紙や墨は仕事を続けています。呼吸をするように。そして、それは家づくりでも一緒ではないですか?この世の全てがそうじゃないかって思うんです。自分の仕事と自分以外、他者の仕事は、そんなに分けられるものではない。繋がっている。私は、他者が入り込める隙間と、他者が活躍できる環境と共にありたいと常に思います。だから、こういう仕事になる。自己完結を目指さない。この作品は、他者のエネルギーがかなり大きいです。
「グッド・エイジング」
沢村:墨は磨って、30分後、翌日、3日後…するする色も質も変わっていくんです。膠(にかわ)が入っているから、腐るわけですよね。その腐った墨を宿墨(しゅくぼく)って言うんです。ワインではないですが、ストックして何年も取っておくと、また綺麗な墨色を時間が作ってくれます。墨色も、どこにどう転んでいくか分からない。朽ちていくことも否定しない。時間には抗えません。
村上:我が社のスローガンが「グッド・エイジング」なんですね。時を経ても、なお美しい家。時を味方にしながら、自分も一緒に年を重ねているんです。その時、一緒に経たものに、どんどん愛着を持っていく住まいを作っていくのです。沢村さんは、ご自身の過去の作品をどう考えますか?

沢村:作品に関してはもう、それを書いたことさえ忘れて次へ進んでしまいます。過去の作品を他人事のように眺めているようで、そこに愛着があるかと言えばどうなんでしょう…執着はなさそうですが…。しかし、<愛されるもの>には理由、中身がありますね。そして、そこに審判を下すのが、まさに<時>だと思います。
「本物」
村上:北洲は、本物の住まい作りをする会社として、本物とは?を常に考えていきたいです。そういう意味では、自分自身も社員も本物になりたいと思っています。デジタル社会において、こうやって間近で作品の迫力を感じて、自分の心にパワーをいただいてですね。やっぱり本物を身近に置く、自分が感動したものを近くに置く、そういうものに囲まれて暮らすことが、自分を振い立たせ、豊かにすると考えています。沢村さんにとって、本物とは何でしょう?
沢村:AIで作られたものとかレプリカとかに対しての本物っていうことですか?私の作品は、写真の映りが悪くて。例えば、造形は写るわけですが、作品の主力となっているのは、気とか波動とか、エモーショナルな抽象的な何かであって、その辺のものは写真には写りづらい。本物?実物からでないと感得しづらい価値かもしれません。しかし、自身も社員も本物になりたい、というお話となると…イノチでしょうかね。そのもの、その人の、生命力が闊達に息づいているのが、本物。生きるということは闘いですから。その根っこに愛情がある。「愛ある闘いが本物をつくる」、今日、村上さんとのお話でわかったことです!(笑)
村上:皆さまに、この場に来ていただきたいです。ここに立つと、この「阿吽」から波動を感じる、元気になります。沢村さん、ありがとうございました。
沢村:こちらこそありがとうございました。楽しかったです。
村上:私も今日は、ワクワクドキドキする作品と共に沢村さんのお話しをお聞きし、エネルギーをいただきました。北洲は、「CULTURE via LIFE 生活をくらしに くらしを文化に」その先駆者でありたいと思っております。沢村さんのような、この作品のようなエネルギーを多くの方々に届けて、豊かなくらしをつくって参りたいと思います。

※対談の模様を収めた動画は、後日の公開を予定しております。楽しみにお待ちください。